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病気の美化

こんにちは、川澄幸子です。

今回は「病気の美化」について書きたいと思います。

美化とは、自分自身を、あるいは他人をごまかすための一見正当な主張、やり方です。

しかし、美化を続けると、問題を繰り返し引き起こしてしまったり、問題の本質や自分自身の本当の気持ちがわからなくなってしまいます。

特に病気に対して美化しがちな人は注意が必要です。

・病気の物語を読むと、はかなさや美しさを感じる

・あの時病気になったから、他人の痛みがわかるようになった

・テストの前、いつも体調が悪くなるけど、頑張って乗り越えてきた

などなど。

自分の中では小さな思考でも、少しでも思いつく思考は、深層意識の中では膨大です。

深層意識の中では「美しさ」と「病気」が結びついて、病気は美しいもの、となっているかもしれません。そしてやがてそれが、美しくありたい自分に現実化するかもしれません。

そんな思考は早めに取り除いておいた方が、よいでしょう。

 

 

もう随分前のことですが、病院勤務の頃、回診をしていて違和感を感じたことがありました。

進行がんの患者さん。

とても紳士な方で、会社では重役についておられたようです。

私が病室を訪れると、患者さんは入浴中で、奥様だけがいらっしゃいました。

奥様と少しお話していて、最後におっしゃった言葉がありました。

「こうして一緒にいる時間ができたんだから、それは良かったなって、思うの。」

 

なんだか胸がザワザワしながら病室を出ましたが、以来とくに気に留めていなかった会話です。

しかし、思考の仕組みを学ぶと、この一言がどんな意味があるか、よくわかります。

家族や自分が病気になると、人は段階的な受容の過程を辿ると言われています。

その過程の中で、人は突然起きた不幸への都合の良い意味付けを求めます。

それが美化であり、この言葉もその過程の中で何気なく出てきたものです。

それで病気の辛さが少しでも受け入れられるなら良いじゃないか、

そんな考えもあるかもしれません。

しかし、先述したように、表面に出てくる思考は、深層意識では膨大な量になっています。

 

この会話をして数年後、私も似たような体験をしました。

私の父は10年前、大腸がんで長い闘病生活の末、亡くなりました。

父が病気とわかった時、理由の分からない罪悪感を抱き、私は最新医療から代替医療の大家、様々な人の話を聞きに行き、父を治したいと試しました。

この罪悪感は今にして思うと、思考が現実化していると薄々わかっていたからです。

そして私も、父の病気の理由を外側に探し、自分が納得できる意味付け(美化)をしていたのでした。

 

病気は、ご本人、ご家族にとってつらいものです。

しかし病気の美化は、表面上の辛さをわずかに和らげるかもしれませんが、病気に打ち勝つパワーにはなりません。

思考を繰り返せば、また新たな問題を生むかもしれません。

 

病気に打ち勝つパワー、

それは、しっかり自分の足で立って自分の人生を歩む決意ではないでしょうか。

 

もし、上記のような美化に心当たりがある方は、

「病気になっていいことなど何もない!」と自分に言い聞かせてみて下さい。

そして、ご家族が病気の場合は、医療機関での適切な治療とともに、

ご家族が元気になってお仕事に飛び回っている姿を想像しながら、

あなた自身も日々のやるべき事、やりたい事を、積極的に取り組んでみて下さい。